むかしむかし、岩村田に大井城というお城がありました。
お城の若いお殿様は、「お舟」という名前の女性と結婚しました。
しかしお舟は自分の顔が獅子に似てると言われ
とても悲しがりました。
ある年、岩村田城下に、恐ろしいはやり病がはやり、
人々は苦しみ沢山の人が亡くなりました。
心の優しいお舟は、自分の事のようになげき悲しみました。
お舟は思いました。
「この身を神様に捧げたら、神様はきっと病をなくし、
苦しみや悲しみを取りのぞいてくれるだろう」
お舟は、そう信じ自分の身をすてて人びとを救おうと決心しました。
そしてお舟は七月十七日に大井城近くの崖の岩の上から、
真下に流れる湯川に向かって深い淵に身を投げました。
そんなお舟のやさしい心にうたれてか神様は、
お舟を美しい白鷺に変身をさせてくれました。
お舟は白鷺になって大空に向かって飛んでいったそうです。
お舟が飛び降りた岩は、やがて獅子の姿に変わり
「獅子岩」と
呼ばれるようになりました。
またお舟が飛び込んだ湯川の淵を「お舟が淵」と呼ぶようになりました。
そしてお舟が淵には、美しい顔をした若い女性の遺体があったといいます。
お舟の魂は白鷺になり、
遺体は美しい顔になったそうです。
ところで舟の実家は軽井沢にありました。
その実家の近くから突如大きな石がごろごろと湯川を流れ出し、
お舟が淵まで流れて来ました。
この岩はお舟の死を悲しんで川を下ってきたのだそうです。
やがてこの石は、お舟石と呼ばれるようになりました。
お舟の命日の七月十七日の夜には、この石が悲しげに泣くのだそうです。
ところでこの淵の下流で舟の着物が発見されました。
お舟が常に着ていた着物だったので、この周辺をツネギとよぶようになりました。
それからお舟が淵の一帯は
岩村田の割本というお宅が
代々自分の土地として守ってきました。
割本の家では今でもお舟の慰霊の祭を行っています。
ところでお舟が亡くなってから、岩村田で流行していた病気がおさまりました。
そこで町の人達は、舟の命日に供養するために祇園祭を行うようになりました。
荒宿には獅子の面や白鷺や神輿を祀り、
賑やかに祇園祭を行うようになりました。
なお、白鷺を祀る場所から大井城へ向かう道を
「鷺小路」と呼んで舟を偲んでいます。